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シミひとつない白衣の輪郭が、照明の加減で僅かに歪んでみえる。いつもは後ろでひとつに束ねているはずの豊かな髪は、ゆるやかに波うち、金の波をつくりだしていた。
天使。
少女をはじめて見る者は、必ずと言っていいほどそう呟く。
象牙色のなめらかな肌、翡翠のような深い緑の瞳、薔薇の花びらに似た形のよい唇。黄金をおもわせる蜜色の髪。
天使、とまさにそう表現される少女。
しかし、大半の人間は、その後知る彼女の性格に眉をひそめ、天使から生意気な小娘へと変貌する。
要点しか言わない冷淡な口調。人を見下した冷ややかな眼差し。
傲慢、生意気、気まぐれや、変わり者、あげればきりがない。
それでも、弱冠七歳にして博士と呼ばれた、類稀な頭脳をもつ少女の前に片膝をついて、カインは自分の目線を彼女と同じくらいの高さにした。
「砂漠(サバンナ)環境施設に行くのではありませんでしたか? レ=イラ博士」
言ってから、宝石のような瞳に宿る勘気を認めて、言い直す。
「クリスさま」
にっこりと微笑んで、少女ークリスティーヌ=レ=イラ博士は、青年の首にふわりと抱きついた。
香水をつけているわけでもないのに、その身に薫る金木犀の甘い匂いに、カインは彼女の部屋で橙色の花が咲いたことを知った。
「先程、行ってくると仰ったのは、どこのどなたですか」
「わたしだ、カイン」
共にアメリカから招集された科学者のひとり、オヌグ=ワーレン博士からの「すぐ来てくれ」との呼び出しを伝えたのは、ゆうに一時間も前である。
クリスティーヌが行ってくると研究室を出たのが、その直後。
相手からレ=イラ博士がこないと怒鳴られ、カインは探しに来たのだが、目の前の少女はそれを気にとめている様子もない。
「ワーレン博士が首を長くしてお待ちですよ」
「いくらでも待たせておけばいい」
言って、少女は僅かに体を退いて、カインの瞳を凝視する。
「ほおっておけ」
ふんと横を向いて、十二歳の幼き博士は意地悪く笑った。
「どうせオヌグさんの呼び出しなんて、そうたいしたものじゃない。ゴビ砂漠の強化小麦の発育の件か、改良の可否について聞きたいのだろうが、オヌグさんには何を言っても理解せず、だ。そんな愚者に、わたしがわざわざ出向いて行く必要はないな」
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