第1章

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親のコネで研究所入りした後、努力も進歩もみられない人間には、それ相応の接し方で充分だと暗に仄めかす。 「七光を背に、他人の研究を自分の手柄にする奴はな、カイン。今に痛い目にあうんだ」 きっぱりと断言する少女に、カインはそうでしょうねと頷いた。 悪意はないのだか、この表裏のない素直な性格が災いして、クリスティーヌには友と呼べる人間が非常に少ない。 彼女の生物学と遺伝子工学に関する知識は貴重で、強化小麦など砂漠で育つ穀物を作り出した実績を考えれば、敬意を払うべきだが、人間としての付き合いは極力避けたいというのが、研究所所員の考えである。 「よろしいのですか」 「少しは自分で考えさせよう。たまに学習させないと、脳ミソが退化する」 辛辣な物言いにカインは苦笑する。 確かに歩く機械、生きるマニュアル本と言われる人物には、突発的な物事に対処することを求めること事体が、無駄なように思える。 学校の成績はよくとも、応用力がない。 しかし、そういう人物に限って自尊心はひと一番強い。ワーレン博士もそのひとりである。 「本当に、よろしいのですね」 答えるのも面倒だと少女は呟く。 「カイン。わたしの答えがわかってるくせに、最初から聞くな」 うんざりといった感じの口調に、カインは小さな姫君の機嫌を損ねたことを知った。 「少し早いですが、お茶に致しましょうか?」 その申し出に、少女は浅く頷く。 「今日はカナダ産のハチミツをたっぷりと練りこんで焼きあげたスコーンと、紅茶です」 「添え物は?」 「アプリコットジャムと、そう紅茶には薔薇の花びらを浮かべましょう」 「おいしそうだな」 機嫌が直ったのか少女は微笑む。 それを眺め、カインは小さな笑みを漏らす。 あと五日。 経歴を偽り、研究所に進入して、五日目。 カインは、どんな内容であれ依頼から十日以内に、仕事を終わらせ獲物を確実に仕留める、狩人。 仕損じたことはない。 だか、今回に限って、カインは慎重すぎるといわざるを得なかった。 「カインも一緒に食べような。ひとりよりもふたりの方が楽しい」 首に絡ませた腕をほどいて、少女が誘う。 邪気のない澄んだ瞳、華奢な体、細い首。 カインがほんの少し手に力をこめれば、折れて砕けてしまうだろう、儚く脆い存在。 なのに……。 「カイン?」
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