外れた鎖

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豹変した母。しかし娘に、抗がう手段はない。子供が大人に敵う道理はないし、何よりこうなっても、未だ母を信じている自分がいる。今はきっと虫の居所が悪いだけ、もう少ししたらあの頃の優しいお母さんが帰ってくる、と。 日々振るわれる暴力は、決まって腹や背中、腰などに集中した。服で隠すことが出来るからだ。帰ってくるロムにバレなようにするためだ。子供とはいえ、娘の服を剥ぎ取るようなことはお優しいロムならしない。母の読みは的中し、ロムに暴力がバレることはなかった。母も、父の前で暴力を振るうことはしなかった。 バランダも、父に助けを求めるようなことはしない。一度、父に母の豹変ぶりを打ち明けようとしたことがあった。だがそれは母に遮られ、父が帰った後いつも以上に激しい暴力を振るわれた。それ以来、父に打ち明けるのをやめた。 日を追うごとに、バランダは母に暴力を振るわれないようにする、もしくは加減を減らす方法を身につけていった。母の言うことに逆らわず、機嫌を損ねず、ただただおとなしくしていればいいのだ。そうしていれば、痛くならずに済む。 父が帰ってきた時、あの時のように打ち明けようとさえしなければ、お母さんは優しいお母さんなのだ。その時は家族三人で楽しく笑っていられるのだから。だからバランダは、何もせず、何も考えずに…… 「……お父さん、最近帰ってこないな」 だがその小さな幸せさえ、長続きしなかった。少なくとも一ヶ月に一回は帰ってきた父が、何ヶ月も帰ってこない。最近では一人で過ごす時間にも慣れたが、相変わらず母からの暴力は続いているが、おとなしくしていれば終わるのだ。 その母との生活が続く中、父の連絡が途絶えた。だが父がどこに何をしに行っているのかも知らないと、バランダは改めて思った。父が自らのことを語ることはなかったし、ずっと、家の中にいたのだ。だが、最近では父が、自分が何者か、薄々わかっていた。 父は、自分はきっと人間ではないのだ。だから母は自分を外に出さず、暴力を振るうのだ。自分が人間なら、きっと母はああはならなかったはずだ。……それでも、母が好きだから恨めない。母と、父と……三人だけでいい。だから…… 「……しんだ、って……?」 だから、父が死んだと聞かされた時、バランダは己のの世界が壊れ始めるのを感じた。
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