忠告 type『D』

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忠告 type『D』

 盲腸で入院した。  虫垂炎になりかけていたらしいが、手術は無事にすみ、術後の経過も順調。後は退院を待つばかりだ。  そんな折。 「あの…お隣さん、ちょっといいですか?」  カーテン越しに声をかけられ、俺は声の方に目を向けた。  そろりと引かれたカーテンの向こうから男が顔を覗かせる。入院してるんだから当然だけど、顔色の悪い中年男性だ。隣のベッドに人がいたのは知ってたけど、どういう人なのかまでは知らなかった。 「僕ねぇ、明日、ここを出るんですよ」 「退院されるんですか? おめでとうございます」  相手の発言に、自然とそう言葉が洩れる。  見た感じ、まだ完治しているとは思えないけれど、治ったから退院するんだろうし、今日まで入院していて血色がいい筈もないか。  一瞬湧いた考えをすぐに散らし、俺は男と少し話をした。といっても内容は、顔を合わせたことがなくても同室なので、物音とかで迷惑をかけたりしなかったかという世間話だけれど。  当たり障りなのない会話が途切れ、室内が静かになる。その瞬間、ふいに男が俺にぐっと身を寄せた。そして、今までとは全く違うひそひそ声で話し始めた。 「あの…私がいなくなった後、もしかしたら、病院側からベッドの場所移動をお願いされるかもしれませんけど、何でもいいから理由をつけて、それには頷かないで下さい。もし、どうしてもと押し切られてしまった場合は、午前二時になるまでにベッドの下に隠れて、………ほとぼりが覚めたらすぐにナースコールを押して下さい」 「へ?」 「いいですか。必ずですよ」  やけに真剣にそう言われ、抗えずに頷くと、男は安堵したような顔を見せた。そして自分のベッドに戻って行った。  今の、何だ?  頭の中で男の言葉を反芻する。だけど意味がまるで判らない。  どういうことなのか改めて聞こうとしたけれど、薄っぺらいカーテンが声をかけることさえ拒んでいるような気がして、俺は質問を断念した。  そして結局、疑問をきちんと問えないまま、男は病室からいなくなっていた。  その昼過ぎ。  検診に来た看護士の発言に俺は眼を丸くした。何故なら告げられた言葉が、男が口にした内容そのものだったからだ。  病院側の勝手な都合につき合わせて申し訳ないけれど、隣のベッドに移ってほしいという打診。  もう傷もほぼ痛まないから、隣へ移るくらい訳はない。だから、男の残してい
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