第1章

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 しばらくしてまた街で女を見かけた。前とは違う浅黒いがっちりした男と一緒だった。  また腕を組んで楽しそうな表情で歩いていた。歳は三十代後半位だろうか、髭面ではないが所帯持ちの雰囲気のある背広姿の男だった。  あの男と別れたのか…僕は直感的にそう思った。年上のがっちりした男がこの女のタイプなんだろう。わかりやすいがこの若い痩せた女と中年の男のカップルには微妙な背徳感が漂っていた。  そして週末、公園を散歩していると珍しく女が立ち話をしていた。  相手は先日見かけた浅黒い男ともう一人は地味な格好をした女だった。その女の顔は険しかったが、フルートの女の表情はこちらから見えなかった。男が申し訳なさそうな顔をしていた。  女がフルートの女の顔を引っ叩いた。叩かれた女の横顔が少し見えた。  初めて見る女同士の修羅場に僕は少しドキドキした。叩いた女は泣きそうな顔でフルートの女に掴みかかったが男がすぐに引き離した。男はフルートの女に頭を下げて女を連れて歩いて行った。  女の年齢を隠さない薄化粧した顔と男の情けない表情から僕はあの二人は夫婦だと勝手に思った。旦那の不倫に逆上した妻が愛人に怒りをぶつけた。そんな所だろう。  一人残った女は黒い譜面立てをしゃがんで組み立てて楽譜を置き、地面に置いたフルートを拾って吹き口の部分を白いハンカチで拭いた。そして姿勢を整えて演奏を始めた。艶やかな感じの曲だった。  その一連の動きも演奏している後ろ姿もまるで動く人形の様だった。その様子を遠目に見ながら僕はその場を去った。
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