第1章

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 それから一ヶ月程経った頃、街で女を見かけた。今度も別の男と一緒だった。  あの男とは前の修羅場が原因で別れたのだろうか。それにしても次々と言い寄る男がいるもんだ。  僕は付き合う男をころころ変える女よりも、この女に言い寄る男達に嫌悪感を抱いた。  この男も中年でがっちりした体型だった。この手の男はこういう冷たそうな女に弱いのだろうか。  女は男の太い腕に今にも折れそうな手を添えて歩道を歩いて行った。  その週末も公園で女がフルートを吹いていた。明るい曲だった。  音大生なのか、プロのミュージシャンなのかわからない。ただ演奏している曲から想像するとバーでジャズを演奏するような仕事はしていないだろう。何となくそう思った。  その日の夕方、帰宅してコンビニで買った弁当を食べながらテレビのニュースを見ていた。  あの女と公園で修羅場になった男と女の遺体が河原で見つかった。二人はやはり夫婦だった。体に複数の刃物のような物で刺された跡があったようだ。  僕は箸の動きが止まった。何が起きたのか想像できたのは一つだけだった。まさかと思いながら頭の中で否定しようとするが、他に否定できるだけの場面を想像できなかった。  水曜日の雨の午後、僕はオフィス街でまた女を見かけた。女は黒い傘をさした男と一緒に歩いていた。  女が傘の中から僕を見た。その顔はフルートを吹いている時の冷たい仮面の表情だった。  女は僕から目をそらすと男に笑顔で話しかけた。青い生地に鮮やかな花柄の傘をさした女は凛とした姿勢で歩いて行った。街が雨もやに包まれた。  これが全てのはじまりだった。
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