生はまこと面倒に尽きる

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  時計を確認すると、 待ち合わせの時間まで あと10分という ところだった。 最初に火を点けた 煙草はもうとっくに 火種を消して 潰してしまっている。 一息ついて 喫煙スペースを出ると、 桃さまがエレベーター横の 上映パネルを 見つめて立っていた。 日曜日、 しかも午後の映画館は人で ごった返しているというのに、 私の視線は真っすぐ そこに吸い寄せられてしまう。 確かに桃さまを 待ってはいたけれど。 姿かたちも先日のうちに しっかり意識に 焼き付けてはおいたけれど、 それは彼が上司だからだ。 桃さまはネイビーの ステンカラーコートを 身に纏い、 ダークミステリーの 邦画のパネルから 視線を動かさない。 彼が私に気付かないうちに、 ボルドーの絨毯を じっと見つめて深呼吸した。 .
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