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特定の男の姿を
意識なく見つけたくらいで
動揺などしない。
冷たく固めた意識が
身体をひと巡りしていくのを
感じながら、
私は歩を進める。
「瑞島さん、
お待たせしました」
桃さま──
瑞島さんはゆっくりと
目だけで私を見てから、
改めて身体でも
向き直った。
彼の眼鏡の奥の
真っ黒な瞳が、
足下から
上がってくることに気付いて
思わず腰に力が入る。
その視線が
ゆったりと私の顔に
たどり着き、
目元がふわりとゆるんだ。
「いえ、
こちらこそお待たせしました」
「……え」
「一服、してきましたね」
この映画館の
喫煙スペースは
分煙でガラスブースに
なっている。
まさか臭ったか、と
後退りそうになった。
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