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その頃はセリさんに焼きもち焼くような気持ちが自分にあるって自覚はあったけど、それが恋とかそういうものだってことはまだ知らなかった。だから平気でそんなこと、聞けたんだと思う。
野上くんも野上くんで、まだあたしが子どもだったから油断してたと思う。今だったらもうあんな風に照れもせず答えてはくれないかも(いや、案外平然と真っ直ぐに答えてくれそうな気もする、今でも)。
その時の返答がこれ。洗いたてのパリッとした白いコットンのシャツみたいな人だから。
その時は、口ではふーんと言っただけだったけど、内心すごく素敵なことを聞いた気がして、あとから胸がどっきんどっきんした。男の人が好きな人のことをそんな風に表現するなんて、思ってもみなかったから。
思えばあのあたりから、わたしは本気で野上くんへの恋に落ちたのかもしれない。まだ小学五年生だったけど、そこからわたしはずっと変わらず野上くんのことを考え続けている。
そしてこれがいつまで続くのか。想像もつかない。
せめてわたしも、洗いたてのシャツみたいな女の人になりたい。そう願っているけど、どこらへんから始めればいいんだろう。
…まずは、薄化粧からか?
「何ぼーっとしてんだ、学校遅れるぞ」
頭にぽん!と手を乗せられ、思わずヒッとなった。朝、学校に行く前、ダイニングテーブルで食パンを齧りかけでぼんやり考え込んでたら、後ろから父親に声をかけられたのだ。あーびっくりした。
思わず頭を軽く払って、睨む。
「あんまり頭とか気軽に触んないでよ」
「触られたとこ払ったな。可愛くないなぁ」
親父は半分くらい本気でムッとしたみたいで、子どもっぽくむくれた。それについては自分でもほんの少し、悪いなぁとは思う。つい反射的にやっちゃうんだよね。って言ってもフォローにならないし。
「今日なんなの、いやに早いね。もう起きたの?」
欠伸をしながらトースターに食パンを突っ込む父親にちょっと驚いて思わず尋ねた。父の仕事は自営のバーテンダーだから、終わるのは深夜過ぎ。朝わたしが学校に行く前に起きてるなんてまぁまずない。わたしが小さい頃は頑張って起きてきて、送り出した後また気絶するように寝てたってよく聞かされるけど、小学校高学年くらいになってわたしがひとりで支度できるようになると途端に起きてこなくなった。まぁ最近は母親も似たようなもんだけど。
つまりは、朝の食卓で顔を合わせるなんて久しぶりだ。
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