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まだたった中一で、そんなことわかるようになりたかったわけじゃないけど。
「…お父さん。野上くんはね」
気がつくと口を開いてた。どうして父にこれを聞かせたいのかわからない。でも、聞いてほしくなった。
「セリさんがね、洗いたての白いコットンシャツみたいだって言ってた。そういうとこが好きなんだって」
どんな反応をするかと思ったけど、父は静かにふ、と笑っただけだった。そしてわたしに尋ねる。
「それ、お前に言ったの?あいつ」
「うん。…あたしが聞いたから」
しょうがないヤツだなぁ子ども相手に。そう苦笑いしながら、父は穏やかな声で続けた。
「うん、でも、野上らしいな。結構いいこと言うな、アイツ」
白い綿シャツかぁ。そう呟きながら、父はカップに残ってた冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
数日後の帰り道のこと。
面談週間も終わってまた六限までの授業が再開し、少し薄暗くなった住宅街の、ひと気の切れた道を急いでいた。
この時間ならつむぎとセリさんは帰宅している筈だし、野上くんと二人きりは望むべくもないけど、それでも一刻も早く帰って少しでも多く会話したいから。もう母親が出張から帰ってくるまで一週間しかない。
それに、どうかするとセリさんが店番で野上くんが二階の仕事場で作業の日もあるので、そういう時はあんまり邪魔はできないながらも野上くんの存在を感じながら二階の隣の部屋で過ごせるし、ちょっとは話す機会も増える。今日セリさん店番だといいなぁ。
「…ねぇ」
急に電柱の陰からぬっと現れた人に声をかけられ、思わず悲鳴をあげそうになった。女だからまだいいけど、…なんかヤバい人?怖い。
近づいて来たその人は、意外なほど可愛らしい若い女の人だった。
…ああ。そっちかぁ…。
「あなた、市井さんのお嬢さんでしょ?」
語尾上げの強い、舌足らずの声。全く、うちの親父は、何でここまでセリさんから遠いタイプの女の人ばっかり手を出すんだろう?
返事をするかどうか迷う。どうしよう、むしろ全然取り合わない方がいいのかな。
「ねぇ、市井さん、今とくに旅行中とかじゃないわよね?お家にいるの?それだけでいいの。教えてくれる?」
なんかやっぱりヤバそう。とにかく目を合わせないようにして歩き出す。後ろから彼女がそのままついてくる気配がわかってコワイ。
「あの、わたしに言われても」
どうしよう、家までついて来そう。
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