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「いや、考えてみたら、いいアイディアだなと思って。実はさ、セリさんに淹れてるコーヒーって、お客さんに淹れてるコーヒーとちょっと違うんだよね」
「ーえ」
割と驚く。野上くんって、セリさんのためにそこまでしてるの?
「どうしてかって言うとなんだけど。セリさんってあんなにコーヒー好きなのに、本当は濃いのは苦手なんだよね」
「そうなの?」
へぇー。知らなかった。
コーヒー好きな人って、濃ければ濃いほど喜ぶものなのかと。
野上くんは豆をガリガリと挽きながら話し続ける。
「豆の種類とかに特別こだわりも持たないし。でも、ミルクや砂糖を入れるのは絶対NGなんだよね。あとはちゃんと香りが楽しめること。それさえ守って、酸味や苦味が強すぎなくて、飲みやすくてお茶みたいにがぶ飲みできれば細かいことは気にしない」
「…なんか、男らしいね。ある意味」
「でしょう?」
なんで少し自慢げなの。褒められたと思ってる?
「そういう割とクセのないブレンドを、普通より薄めに淹れるのがセリさん用なんだ。お客さんにはちょっと薄いかな?というくらいだから、さすがに店で出すものとは別に淹れてる」
「なるほどね~」
感心する。そういう理由だったんだ。野上くんは話しながら、挽き終わった豆をペーパーフィルターにとんとん、と入れた。それから細い注ぎ口のポットから熱々のお湯を少しずつ注ぎ、蒸らす。
「でもそういうコーヒーなら、考えてみれば実は初心者用じゃない?本当に変なクセとかえぐみとかないから、もしよかったら最初はブラックでそのまま飲むといいよ。それから好みでミルクと砂糖を足せば?もともと薄めに淹れてるから、そんなにドバッと入れなくても美味しく飲めると思う」
…野上くん、本当はわたしが最初にコーヒー飲みたいってねだった時のこと、覚えてるんじゃない?小学五年生の時のこと。 今の台詞、どう考えてもそこからきてるよ。
蒸らしの過程に入り、手を休めた野上くんは世間話的にわたしに尋ねる。
「ところでどうなの、中学校は?二学期に入って少し経つけど、もう慣れた?」
「あー…、慣れたことは慣れた、けど」
そこでわたしは何をとち狂ったか、ついこの間のミサヲちゃんとの会話を話した。中学に入ったら学園ドラマみたいに下駄箱ラブレターフィーバーとか、放課後屋上に呼び出されたりとか本当にあると思ってたのに、どこの世界のお話?ってやつ。
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