コーヒーには早すぎる(あるいは、野上くんとわたし)

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スニーカーを履いた足がつい小走りになる。自分でも笑っちゃうくらい足取りが軽い。空は抜けるように高くて青いし、風で制服のスカートの裾がはためくのも気分がいい。何より、そう、角を曲がってあのドアを開けたら。一か月ぶりに会えるんだ。 あの人に。 角を曲がる時には結局ダッシュ。自分の家の前を何の迷いもなく素通りし、隣の店のドアを勢いよく開ける。 「ただいまぁ!」 「あ、おかえり、まりさちゃん」 カウンターの中に立っていた野上くんが顔を上げてわたしを見た。いつも通り優しくにっこり笑ってくれる。テーブル席に二組の知り合いらしい親子連れが、楽しそうにお喋りしながら小さな子に絵本を見せている。ママ友同士かな。わたしは肩を竦めて邪魔にならないように静かにカウンター席に着いた。 「…つむぎとセリさんは?」 「まだ幼稚園から帰らないよ。園庭開放か公園かな。まりさちゃんは、今日は早いね。通常授業じゃないの」 「今週は面談週間なの。だから五時間で終わり。うちは今日じゃないけど」 「そっか。中学校もいろいろあるんだね」 野上くんは何故か感心したように言って、それからちょっと笑った。 「面談、お母さんが行くの。それとも市井さん?」 わたしは肩を竦めた。 「お母さん海外出張になっちゃったから。しょうがないから今回はお父さんに来てもらうことになった」 「しょうがないからって」 そう言いながら、なんか結構笑ってるじゃない。 「どうしたの、そんな可笑しい?」 そう尋ねると、野上くんは遠慮なく笑い出した。 「いや、意外とちゃんと『お父さん』してるのかなぁって…。あの市井さんが、さ」 失礼な。ひとん家の父親を。 とは、なんか言いづらいものがうちの父親にはある、かもしれない。わたしが小さい時に離婚してから、母が忙しいこともあって半分かそれ以上はちゃんと育児を受け持って来たにも関わらず、なんか人の親には見えない、いい歳してとっぽいところのあるおっさんなのだ。 「学校にちゃんと顔出して、先生と面談してる市井さんを想像するとさ」 まだ笑ってる。 まぁ気持ちはわからないではないけど。友達からも散々言われる。「あれがまりさちゃんのお父さん?ウッソー、見えない!」って今まで百回言われたさ。 「実際は結構フツーの面白くもない父親だけどね」 「まぁ外見のせいだよね、多分」 笑ってごめんね、と言いながらわたしの専用カップを取ってきてくれる。
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