コーヒーには早すぎる(あるいは、野上くんとわたし)

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ひとりごとのように呟いて、再度カップを持ち上げて挑戦。慎重にふうふう吹いてから、縁に口をつけて思いきってカップを傾ける。少しまだ熱いけど、でも。 飲めた。 「…美味しい」 ような気がする。 「思ったほど苦くないね。飲みやすいかも」 「でしょ?酸味が強い種類の豆とかだとあと口すごいけどね。勿論、そういうのが好きな人もいっぱいいるよ」 「そうかあ。コーヒーも種類によっていろいろ違うんだろうね」 ふうっと再び息を吹きかけると、ふわあっと香りが辺りに広がる。この香りは本当に好き。 「味大体わかったらさ、今度はミルクと砂糖入れてみたら」 野上くんが自分のコーヒーを飲みながら言う。でも自分のはやっぱりブラックだよね。 「いいの?」 「いいも何も。コーヒー飲むのに別に決まりなんかないよ。ただ、元の味を消すほど入れなきゃ飲めないんなら、むしろ最初からコーヒーじゃない方が美味しいんじゃないかなと思っただけ。ブラックで飲めるんなら、あとは自分の好み程度に味を引き立たせるくらいで飲めると思うし」 そっか。 「じゃあ、遠慮なく」 カウンターに置かれたシュガースティックとコーヒーフレッシュに手を伸ばす。内心ちょっと迷ったけど、砂糖は一本。コーヒースプーンでかき回して、また一口。…うん。 「やっぱ、…こっちのが好きかも」 なんか悔しいが。 野上くんはにっこり優しく笑って言った。 「いいじゃん。自分が一番美味しいって感じる飲み方で飲めばいいんだよ。それに、まだこれから大人になるにつれて、好みも変わると思うしね。ブラック派になったり、逆にもっと砂糖入れる派になるかもしれないよ」 「はは」 ちょっと笑って誤魔化す。実は今からでももう一本入れたいかな、と思っているのは内緒だ。 野上くんはわたしの頭の中を見透かすように、慰め調子で付け加えた。 「俺だって中学の頃、コーヒー初めて飲んだ時はやっぱりミルクも砂糖も入れてたからね。味覚もまだこれから変化するんだよ」 そうなのかなぁ。 わたしは野上くんの漆黒のカップの中身を見た。思わず聞く。 「…ねぇ、野上くんは、どんな味のコーヒーが好きなの?」 野上くんはわたしの目線に気がついて、少し躊躇したみたいだったけれど、ややあって打ち明けるように答えた。 「…かなり濃い、苦めのヤツ。少し焦げくさく感じるくらい苦いのが割と好きかな」 それ、セリさんの好みと全然違うじゃん。
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