コーヒーには早すぎる(あるいは、野上くんとわたし)

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わたしはちょっと驚き、思わず尋ねる。 「セリさん知ってるの、そのこと?」 意外なことに、野上くんは心底楽しそうに悪戯っぽく笑って言った。 「…ううん。多分、知らないと思う」 それからまたしばらく経った、秋風が冷たく感じ始める時期。 クジで負けたわたしは文化祭のクラス実行委員になってしまい、全くいいことなんてひとつもないよ!と頭の中でブツブツ文句垂れながら、中央執行部から配られたプリントの山を抱えて渡り廊下を歩いていた。 あーあ。ミサヲちゃんは自分の部活で忙しいし、なんかもう雑用ばっかだし、決めなきゃいけないこともいっぱいあってプレッシャーだし、全然楽しくないよ~。 今日はなんか風がやたら強いし。ここの中庭の渡り廊下、へんに風が通りやすくて髪がバサバサになるから嫌い。そう思いつつ紙の束を慎重に抱え直す、と。 その瞬間紙が滑って腕の中から辺りに飛び散った。最悪。自分って何でこういう時、必ずやらかしちゃうんだろ。誰も見てないからいいけど、本当にカッコ悪い。 …いや、もっと最悪。最悪中の最悪。 顔を上げると、校舎の中からこっちの方へ向かってあの男子がやって来るではないか。よりによってあの。内心で舌打ちする。連絡網の男。田崎。 ふいと顔を逸らして目が合わないようにする。どうせ、どうしたの?とか、大丈夫?とかそういう人間らしいやり取りは望むべくもないんだ。だったらさっさと行ってほしい。まぁわたしとは絶対口きかないだろうから、からかって来ることもないのが救いだけど。 わたしはかがんで風で暴れる紙どもを何とか押さえつけてかき集めようとした。 「…。」 背後から何か気配のような、何かの声のような不気味な感じがして、思わずバッと振り向く。そして思わず反射的に後ずさった。思ったよりも近くに、あの男子が立っていた。 「これ」 低いような掠れたヘンな声で、短く発声した。無表情に突っ立って、数枚の紙を掴んだ手を棒のように突き出してくる。 …あー。一応、拾ってくれたのか。 「…ありがと」 愛想を振りまきたくもないが、わたしは人間として無言はどうかと思う方なので、短く最小限のお礼を言った。 手をいっぱいに伸ばしてそれを受け取ると、ヤツは何故か無表情のまま数回瞬きをして、更に口を開いた。 「俺も実行委員だから」 「え?そうだっけ」 思わず反射的に聞き返してしまった。
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