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「なんか無駄に美形だからね、市井さんって」
無駄って。まぁ確かにわたしにとってはあんまり何の意味もないんだけど。それに。
「友達とかにも言われるけど、あたしには特にそうは思えないんだよね~」
「それは小さい時から見慣れてるからだよ。多分麻痺してるんじゃない?」
「それもそうかもしれないけど…」
言葉を濁す。つまりその、わたしの好みじゃないってこと。顔立ちは整ってるけど、綺麗なことは確かだけど、わたしは男の人の顔はもっと普通がいい。シンプルで、さっぱりして、感じがよくてほっとする人。そう、はっきり言うと。
「野上くん…」
「え?」
思わずぼそっと声に出てしまい、それに彼が呼ばれた、という様子で反応する。わたしは慌てて言い繕った。
「あの、今日は、コーヒー牛乳じゃなくて」
「何?オレンジジュース?」
違うよ!
「あのさ、そろそろわたしも、普通のコーヒー飲めると…、思うんだけ、ど…」
中学生になったんだし。
ずいぶん以前からわたしは野上くんに言っている。野上くんの淹れたコーヒーが飲みたいんだって。
野上くんはコーヒーを淹れる時は、いつもドリッパーで落とす。二人分以上の時はポット、一人分の時はカップに。ネルは使わない。本職じゃないからそこまではしない、って言ってた。本気でやらないとあれは手入れが大変なんだって。あくまでこの店は古本屋で、カフェはゆっくり過ごしてもらうためのサービスだから、それは無理しないって。
子どもの時からずっと、コーヒーを淹れる野上くんを見てきた。思えばこの店ができる前、今は住居専用になっているセリさんのマンションの部屋が会社だった頃も、野上くんはしょっちゅうコーヒーを淹れていた気がする。それで何となく、野上くんはコーヒーが大好きなんだなぁと漠然と考えてきた。
コーヒーが好きなのは本当はセリさんで、野上くんはずっとセリさんのためにコーヒーを淹れていたんだって知ったのはずいぶん後になってからだった。
「コーヒー牛乳、飽きちゃった?」
ぐ。いや、好きだけど。
「でも、野上くん、わたしが大きくなったら…って言ってたじゃん?」
「そうだっけ」
首を傾げる。ひどい。わたしは彼にわからないようにぐっと唇を噛んだ。
セリさんのために淹れた、セリさんの大好きなコーヒー。どんな味がするのか知りたくて、何気なく頼んだ。わたしにもそのコーヒー、淹れてよ。まだ小学生の時。
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