コーヒーには早すぎる(あるいは、野上くんとわたし)

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そしてドアが開いた瞬間、ぱあっと明るくなった野上くんの表情。 「セリさん、お帰りなさい」 いや、そこはつむぎだろ! とつい思うけど、つむぎは生まれた時から後回しは慣れてるらしく、機嫌よくにこにことパパに駆け寄る。 「パパ、きょうね、ダンゴムシみつけたよ」 「お帰り、つむぎ。…ダンゴムシいたんだ、よかったね。今連れてない?」 「ママがだめっていうから、おそとおいてきた」 「よしよし」 野上くんがカウンターから出てきてつむぎを抱き上げる。ダンゴムシがいないこと確認したね。まぁ、ひとが飲むもの出す商売だから、当たり前だけど。 後ろからセリさんが、自分のペースでゆっくりと入って来た。 「よぅ、まりさ」 「こんちは、セリさん」 わたしは小さい頃からずっと、セリさんのことはセリさんと呼んでいる。みんながそう呼ぶから。うちの父親と朱音ちゃんが『なずな』と呼んでることはつい最近知った。 野上くんはセリさんのこと、どうして『セリさん』って呼ぶのかな。夫婦なのに。職場では上司と部下だから?二人きりの時はやっぱり『なずな』って呼んでるのかな。 そういうことを考え始めると、胸の奥がキリキリするようになったのもつい最近のこと。 つむぎがわたしの制服の上着を掴んで引っ張った。 「まりさちゃん、にかいいこ!」 二階は二人の会社のオフィス、と言ってもパソコンとデスクと気絶しそうなくらい大量の本が積まれてるだけだけど。ふた部屋あるので、デスクのない方の本置き場はわたしとつむぎの遊び部屋になっている。 幼稚園児相手に中学生が遊ぶもないもんだけど、何しろ本当に小さい時から一緒に育っているので、もう姉妹みたいなもんだからお互い気も遣わずにてんでに勝手に過ごし、思い思いに気の向くままに喋ったりするだけなのであまり苦ではない。むしろわたしとしてはずっと一人っ子だったので、こんな小さな子でも、同じ部屋で過ごしていると寂しくなくてほっとする。 セリさんがつむぎに注意する。 「つむぎ、まりさちゃん、テスト前かもしれないよ?お勉強かも」 「あ、大丈夫。面談週間なだけ」 そう言うと、やっぱりセリさんがニヤッと笑った。 「面談?もしかして、あいつ行くの?学校」 「あ~、今回はね。お母さん出張中だから」 答えながら思う。なんかさっきもこの会話したよ?なんて似た者夫婦なんだ。 「でも、忙しいでしょ、中学生。無理しないでいいよ」
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