第1章

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「やぁ、よく来てくれました。 待ってたんですよ。」 消火栓の位置を示すランプだけがこうこうと闇を赤く照らすなか、教室に足を踏み入れた『彼』を迎えたのは、 ひどく落ち着き払ったそんな声と、 宙を蝶のように舞う一枚の新聞記事だった。 ーーー新聞紙が喋っている。 しかも、自分に向かって。 ただでさえ、夜の学校に侵入するという不法を犯して気を小さくしている『彼』は、その目を疑うような異様な光景に単純におののく。 そしてその恐怖からその体を石像のごとく硬直させて動けなかった。 叫ぼうにも肺から空気が出ず、体を動かそうにも筋肉という筋肉が緊張して動かず。 たったままの金縛り………とでも言うべきか。 「ああ、そんなに驚かなくて怖がらなくていいですよ。 あなたは僕の事をよく知ってるはずです。毎日、顔を見合わせていたじゃないですか。 ほら、校舎裏とか、倉庫とか、河川敷とかで。」 くしゃくしゃの新聞紙のシワが、まるで口のように開閉してそんな事を言う。 再び同じような、底から突き上げるような恐怖に襲われる『彼』。ありとあらゆる臓器が凍結するような、全身が固まって真っ白になっていくような感覚。 尋常ではないそれに、『彼』を統括する全ての部位が、逃避を要求する。が、それでも体は動かない。声と共に動くシワが口だとするなら、その上に位置した二対の目のようなシワが、『彼』を捉えて離さなかったのだ。 そんな中辛うじて回っていた頭の片隅が、その声が聞き覚えのあるものであることを思い出す。 ーーーそう、つい二日前までこの声の主と自分とは確かに顔を見合わせていた。 『新聞紙』の言うように、時に校舎裏、時に倉庫、時に河川敷で。 記憶の中にあるその人物の顔とその声が一致すると、 『彼』のその恐怖は倍にまで膨れ上がる。 今このタイミングで、一番起こってほしくない超常現象が起こっていることに気づいたからだった。 「あ、気づきましたか。よかった。 どうもこんばんは。 二日ぶりですね?元気にしてました? 僕が死んで困ってるんじゃないかと思って心配してたんですよ」
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