幸せな部屋

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幸せな部屋

 今ボクは日本にいる。日本で働いてる。  シャチョーさんが世話してくれたアパートの部屋は、そんなに広くはないけれど、まだ新しくていい部屋だ。  でも、部屋にいると、変なことがたくさん起こる。  電気が突然ついたり消えたりするし、シャワーが勝手に出ることもある。  部屋を誰かが走り回る音や笑い声もしょっちゅうだし、鏡の中に知らない人が見えたこともあった。  でもここはいい部屋だ。ボクはそんなの、全然気にならないから。  ボクの故郷は東南アジアの田舎町で、家はもっとオンボロだ。当たり前に電気のある生活なんて、日本に来て初めてのことだし、水も、蛇口をひねれば出る。もうそれだけですごい。  家は大家族だから、絶えず人の声や動き回る音がしていたし、とにもかくにも、そこに誰かがいるなんて当たり前すぎて、この部屋でのことなんか何も気にはならなかった。  日本の人は、こういう部屋、気味悪がって入らないから、ボクが貸してもらえてるらしい。  あと、よく知らないけど、ボクが日本にいる間、この部屋を借りているのは、このアパートのオオヤサンにとってとてもいいことだから、エンリョなく使えとシャチョーさんは言ってくれた。  静かできれいでゆっくり眠れる部屋。本当に嬉しい。  仕事はちょっと辛いけど、ちゃんとお金をもらえる。  故郷で暮らしていた時は、もらえるお金が少なかったから、いつもお父さんに怒られていた。もっと稼げと殴られた。  でもここにいれば痛い思いをしないですむ。鏡に映ったり、最近は、堂々とボクの前に姿を現すようになった人も、ただそこにいるだけで、ボクを殴ったりけったりする訳じゃないもの。突然だと驚くけど怖くなんてないよ。  ボクにとっては、故郷てお父さんの側にいることの方が遥かに怖くて痛いことだから。  日本にいつまでいられるのかな。いっぱいいっぱい働くから、ずっとこのままこの部屋にいたいな。痛い思いをさせないなら、出てくる人ともきっと仲良くなれるから、ずっとずっとここにいたいな。この、小さな幸せの詰まった部屋に。 幸せな部屋…完
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