11人が本棚に入れています
本棚に追加
振り向いた葵は眉間に皺を寄せて俺を見ている。
いつもの、友人の目で。
それに気づいた俺は自分の口を指で塞いだ。
言ってはならない、と制止するために。
「――ああ、別にいらん」
「……は?」
「あいつの事」
先生。
葵が前に付き合っていたアイツ。
葵が、自分から言い出すなんて思わなかった。
「ごめ――」
「――謝んな。いらん。もう言わない。二度と言わない。だから言うぞ」
さんきゅ。
葵はそう言って両手を上げた。
それは降参とかの弱弱しい形ではなく、真っ直ぐ、ぴん、と清々しい形。
ああ……うん、そっか。
俺は口元から指を外す時に、作った。
葵に向ける、多分いつもこんな感じだろうな、という笑った口を。
それから何も言わずに手を振って、俺は踵を返したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!