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今日の藤江先輩は珍しく髪の毛を後ろにまとめていた。普段は長い髪に隠れている耳と、そこに小さく揺れる銀のピアスがよく見えた。目を細めて絵筆を宙に浮かしたまま少し首を傾げると、それにつられてピアスも揺れて、蛍光灯の光に反射して輝いた。
「……ピアスってのもいいなぁ」
心の中で思っただけのつもりだったのに、知らず声に出ていたらしい。キャンバスのどこに色を乗せるか悩んでいたらしい藤江先輩がこちらを見た。
「菅野君、ピアスしてみたいの?」
ふわりと微笑みながら言った藤江先輩は、絵筆を雑巾の上に置いてこちらを見て完全に話を聞く体勢になってしまった。
「あ、すみません邪魔して」
「ううん。別にいい。ちょうど詰まってたところだし。それより菅野君の話の方に興味が出た」
「なんだ、菅野。熱心にキャンバスでもモチーフでもなく、藤江のこと見てるから、今の彼女から乗り換えるつもりかと思ったぞ」
藤江先輩の反対隣りから、やっぱりキャンバスから目を離して部長が声を掛けてくる。
「部長! そんなわけないじゃないですか。俺、篠原と付き合いだしてから一週間しかたってないんですけど!」
「あはは。そうか、悪い悪い」
全然悪いと思っていない風に、豪快に笑いながら部長が言う。俺が言うのもなんだけど、この部長、性格といい、体格といい、とてもじゃないけど美術部には見えない。部長が持つと、絵筆も細く短くおもちゃのように見えてしまう。むしろ、柔道部とか言われたら、誰もが納得するんじゃないだろうか。対して藤江先輩はと言えば、すごく似合ってる。美人だし、昔から絵を描いてたのか絵筆を持つ姿も様になってるし。
「菅野君、何でいきなりピアスなんて言い出したの?」
「え、あぁ。今日は藤江先輩、珍しく髪の毛くくってるからピアスがよく見えて。制服にピアスって合わなそうだと思ったけど、そういう大人しいやつだったら意外と違和感ないなって」
制服にピアスって、特に男がしてるのはどこか、不良っぽいというか、粋がってるガキっぽいっていうようなイメージがあったのだが、それが今日の藤江先輩を見たら綺麗に払拭された。銀色のピアスは、先輩の染めたことのなさそうな真っ黒な髪と、うちの学校の飾り気のない黒い制服によく映えた。
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