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へぇー、と感心してると、でもねと困ったような表情で藤江先輩が付け足した。
「やっぱり、素人がやると問題もあってね。ほら、聞いたことない? ピアスの穴開けると、視神経出てくるって。あれ、本当に稀だけど起こることがあるんだって」
「えぇ! あれって都市伝説じゃなかったんですか?!」
真剣な表情で語る藤江先輩の言葉に思わず声を上げたら、反対側から、ぶはっと噴き出す音が聞こえた。振り返ると部長が身体を折り曲げてひーひーと苦しそうに笑ってる。
「おっ前、普通信じるかよ?! そんな古くっさい都市伝説。菅野ってどんなことでも藤江が言ったら信じるんじゃねえの?」
「んなことねーですよ! 今回は藤江先輩が真剣な顔してるから!」
部長に力いっぱい否定したが、藤江先輩は楽しげに笑っていて思わず脱力した。完全にからかわれた………。
「ふふ。菅野君は、本当に素直でかわいいね」
「かわいいって……すげぇ嫌なんですけど」
「そう? ごめんね」
ごめんと言いながら性懲りのない様子の藤江先輩は部長と反応が一緒だ。類友というか……。抗議するのが馬鹿らしくなって、一度開きかけた口を閉じた。
「ごめんって。怒った?」
「別に怒ってないです」
落ち着いて言ったつもりだったのに、思いの外にきつい響きになってしまった。
「菅野菅野、笑って悪かったって。それより時間、いいのか?」
部長に言われて時計を見れば、六時五分前。
「やばっ」
慌てて立ちあがって、広げていた絵具を箱にしまい、筆をまとめて油の入った瓶に入れてざっと洗う。書きかけの絵をロッカーの空きスペースに入れて、イーゼルをたたんで部屋の隅に押し込む。
「ビックリするぐらい早いね」
「なー。今日も吹奏楽部の彼女と帰んだろ。いいなー、若い者は」
「ねー」
二人がそんな会話をするのを背中に聞きながら、荷物をまとめて帰る準備を進める。
「それじゃあ、お先にしつれーします。お疲れ様でしたー」
「お疲れ」
「ああ、菅野君」
藤江先輩に呼びとめられて、ドアから半分身体を出したまま振り返る。
「お詫びと言っちゃあなんだけど、もしも本当にピアス開けるんなら相談に乗るよ。私も二回開けてるから慣れてるし。じゃあ、お疲れ様」
藤江先輩はいつも通りふうわりと笑って手を振っていた。
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