彼岸の章

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供物は二つ、捧げられた。 お告げ通りに水辺と湿地に一体ずつ。 公儀権力は、最初から二体の人柱を成就させるつもりはなかった。水辺の人柱は囮であり、こちらが成就するもしないも大した問題ではない。成敗人に新地に蔓延る異形を退治させて、場の番人となる予定の人物に地を平定させることが目的だったのである。 湿地帯の蛇神に捧げられた供物の一方は、左頬の彫物を異形の体液に塗れさせて、跳躍する。 曼珠沙華は本来、白い色をしている。これを見るものは、自ずと悪行から離れるというのだが。 暇を与えないとでも言うかのように、少女の左頬は一層紅く見え、凄絶さを増している。 錫杖を旋回させた男は、先端の素槍で群集を薙ぎ払い、疾駆する。 「まさか、二人で逃げ出したんじゃないだろうな」 「否」 男と背中合わせになった少女は首肯しなかった。 保障はないが、自信はあるらしい。 水辺の人柱が成就してもしなくても、役人は湿地へと必ずやってくる、と彼女が低く呟く。 臨戦体勢である彫物の少女を背にしたまま、錫杖の男は一つ頷くと、仕込み杖を元の形状に戻してしまった。後は任せたとばかりで徐に、何やら口中から判別不能な文言を長く紡ぎ始める。 じゃらんっ 錫杖の卒塔婆型部に連なる鉄輪が重い音を響かせる。群集の動きが鈍ったように見えた。 じゃらんっじゃらんっじゃらんっ さらに音が重なり、文言と奇妙に混じり合う。 じゃらんっじゃらんっじゃらんっじゃらんっじゃらんっじゃらんっじゃらんっじゃらんっじゃらんっ 生けるものの全てが、景色さえも、動きを止めたように見えた。群集に呑まれつつあった男は、唯一、背にあたる確かな力強い脈動を感じながら、地面に錫杖を思い切り突き立てた。
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