彼岸の章

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じゃらんっっ 瞬間、まるで場に境界線が引かれたかのように群集が割れて、徐々に両の山の斜面へと退いていく。 最後まで粘っていた巨大な角の生えた一体の異形に、彫物の少女は跳躍する。 体重を感じられない動きであったが、その一閃は、彼女の技量と手にする独鈷の神懸かった刃の力と相まって、恐ろしい効果を表す。 邪神の動きが止まる。 やがて、蠢く蛇腹が自らの重みでか、否、体液のぬめりによるものなのか、滑って横にずれた。 死屍累々、周囲は修羅場の様相を呈している。 着地した彫物の少女が懐に得物を仕舞うと、噴き出した体液が彼女に降り注ぎ、左頬にある曼珠沙華の彫物を染める。 異形の内で囁かれる噂があった。 巷に横行する魑魅魍魎を成敗せんとする者、浄化の炎を身に持つ。其の者、万民を彼岸へと渡すという。此岸から彼岸へと導く者。即ち、彼岸の渡しと呼ばれ恐れられる。 少女の名は彼岸という。 彼女の名が彼岸な故に曼珠沙華が彫られたのか、彫物から通り名となったのかは知らない。 錫杖の男は、酒場の給仕女や橋姫、その姉妹たちのように、現世のものとは思えない数多の美しい女を、目にしてきた。 実際、多くは異界に棲息する魑魅魍魎である。 けれども、異形の体液に塗れ、刹那、曼珠沙華を色づかせる少女の姿を一番美しいと思う。 例え、汗と泥で、どろどろであったとしても。 躍動、熱、煌めきが彼女の体から溢れ出る。息吹、所謂、男の衝動が突き動かされる。彫物の少女が放つ生命力、彼女の存在自体が限りなく美しいのだ。
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