彼岸の章

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真っ二つにされた邪神は湿地帯へと沈み、動かなくなった。 「これじゃあ長くはもたないだろうし、取り敢えず役人を迎えに行くか。…来るまで待てんし。まぁ最悪、杖があれば、本人がいてもいなくてもいいんだ。いるのは奴の得物だから」 言うなり男は、地に突き立てたものを引き抜いてしまう。 錫杖を手にする男は、法力を駆使する。 かつて少女の得物を鍛えた同じ手が男の得物の仕込み部位を手掛けた所為か、彼の錫杖自体も異能の力を持っていた。 鍜治手の名は天目一箇神、鍜治神の祖である。 以前、火男の面を被った姿に遭遇した。 彫物の少女の現状は知らないが、錫杖の男は未だ負債を抱えている。 否も応もなく。 今迄、周囲の者へ力の片鱗を気づかせた経験はない。 だが、男の錫杖は万能ではなく、一時しのぎに過ぎないのだ。 適材適所という事象がある。 場を永年治めるつもりならば、土地平定の為にわざわざ用意され、為政者が選定した役人に遥々運ばれてきた、呪力を携えた杖でなければならない。 呪われた力を秘めた器が必要なのだ。 本当のところ杖ではなく、矛でも楯でも剣でも甲でも玉でもかまわない。 一旦退いていた群集が、ふたたび集まり始める気配がする。 「後の湿原の惨状を考えると気が重くなるなぁ」 先刻の凄惨な光景が白昼夢だったかのように、男が緊張感の欠片もなく呑気そうにぼやく。 「無事に戻って来られたらいいけど」 とさらに続けたが返答はない。 もう一つの依頼解決の為か、さっさと身を翻した彫物の少女を追って、錫杖の男は線を引いたようになっている湿地から水辺へと行こうとした。 だが、振り向いて踵を返し立ち止まる。 しばらくして、男は不意に楽しそうな顔つきになると、今度こそは次の地へと駆け出した。
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