第1章

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 雇った後に気づいたことなんだけど、色視君は味覚音痴らしい。 行きつけのイタリアンのお店で、私と彼は昼食を取っている。 彼の注文した、さわやかな萌葱色にこんがりと焼かれていたジェノベーゼピザは、大量のタバスコとマヨネーズによって、和風明太子ピザのようにその様相と香りを変えていた。 本来、喫茶店を経営している私にとって、そんな子は即解雇にしたいところなのだけど。 でも、解雇はしなかった。 もちろん、人員不足ではあったし、彼の甘いマスクは私の心を揺れ動かすだけにとどまらず、女性客も増えたのだが、理由はそれだけじゃない。 彼の淹れる紅茶は絶品なんだ。   まるで、すべてがゴールデンドリップのような、香り高く、優雅で気品のあるような、完璧な紅茶を彼は淹れることができる。   一度なぜそんなにうまくできるのかと訊いたことがある。 「信じないかも知れないですが、僕、味が色として認識できるんです。不思議ですよね」 とはぐらかされた。   と、今日まで思っていた。 でもそれは事実だった。 彼には、本当に認識できるらしい。 きっかけは、目の前でかさがずいぶんと増したグロテスクなピザを視界に入れないようにしながら私がパスタをすすっていた時のこと。  「はやくしたまえ!」 隣の席の白いひげを生やした老人が突然、机を激しく叩いた。 受け付けた女性の店員はびくりと跳ね「ただいま」と叫んで逃げ込むようにキッチンへ走っていった。 数分後、別のスタッフがその老人に料理を運んできた。 たしか、この店の店長。彼は陳謝し、テーブルに料理を並べた。   「まったく、私をこれほど待たせるとはなにごとか」 老人の男も時々見る人だ。たぶん系列店のオーナーかなにかなのだろう。 「申し訳ありませんでした。以後、気を付けますので」 「ふん」 店長の誠意の籠った謝罪をまるで無視するように、老人はふてぶてしくフォークを手に取る。  その時だった。 「待った」 色視君は立ち上がり、老人を見据えた。 因縁をつけられたと思ったであろう老人は、彼を睨み返す。 「それ、食べない方がいい」 「なぜだ」 「毒が入っているかもしれない」 「なぜそんなことがわかる」 彼と老人は睨みあったままだった。 「味が、乱れている。このピザのように」 これが、全ての始まりだった
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