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「うん、どうして君なんだろう。でも、仕方ないよ」
十五分後、私たちを載せた観覧車のゴンドラは地上へと降り立った。あっという間だった。
扉を開ける為に、係員が寄ってくる。先に降りた彼は振り返って私をエスコートするために手を差し出した。
「一目惚れだったんだから」
「……」
私好みの顔でそんなことを言われたら、もう断れない。断る理由がない。でもこのまま返事をしていいものなのだろうか。
差し出された手を握って、無言で降り立つ。私の手を握ったまま、出口へと彼は向かう。
このまま、今度はどこへ連れていかれるのだろう。
「もう一軒、飲みに行こうか」
振り返らずに、彼はそう告げた。私を引く手が温かい。
私は黙ってそのまま付いていった。主体性なく、されるがままだ。
……否、されるがままになることを私はもう望んでいるのだろう。自分の心が、このまま強引にされることを望んでいるのだ。だから、そのまま彼に付いていくことを選んだ。
遊び人、と彼を非難する権利など私にはない。私も、遊び人だ。
私も一目惚れしてしまっていたのだろう。十階の踊り場で振り返ったあの瞬間に、もう勝負は決まっていた。
「もう、終電ない」
店を出たあと、私の発言に、彼は困ったように笑ったのだった。
ベッドの上で、くすくす笑う顔は間接照明に照らされて実に妖しい雰囲気を醸し出している。
間近で見る彼の色気に惑わされて、くらくらする。
「ねえ、知ってる? 遊び人は、賢者になれるんだよ」
知ってる。遊び人として経験値を積んだ後にしか、賢者にはなれない。
「今のあなたが遊び人なんだか、賢者なんだか、私には分からないよ」
「賢者だよ。仕事で疲れた君を回復する役割を俺に与えてくれるなら、だけど。君が要らないっていうならまた遊び人になってしまうかもしれないな」
「……ズルいことを言うんだね」
「家電が好きな君の良き相談相手もしてあげられるけど、こんな賢者、いる?」
電気メーカーの営業である彼ならではのスキルを持って、売り込みをかけてくる彼はなかなかのやり手であった。
「そうだね。……賢者と一緒に冒険でもしようか」
彼は最初から脱ぐ相手は嫌だと言っていた。だから、夜が明ければ全て無かったことになるのだろう。夢物語は日の出と共に霧散するのだ。
そう思いながら、私は彼の腕の中で眠りについた。
私と彼の関係は、これが、全ての始まりだった。
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