第1章

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 経営者、ということに大して興味を持たれなかったことに、少しほっとする。そのまま違う話題へとスムーズに移り変わっていった。  相手は営業職なだけあって、なかなか話が上手いようだ。酒の杯が順調に重ねられるに従い、皆が饒舌になり、がやがやと騒々しさが増していく。 「休日は、普段何やってるの?」 「ショッピングに行ったり、テニスやったりですね」 「テニスやってるんだー! テニスウェアって可愛いの多いよね!」 「そうなんですよー! お店見て回るだけでも楽しいんですよね」 「そっか、僕もちょっとスポーツやってるんだけど、今度一緒に靴とか見に行かない?」 「いいですよー!」  友人と、斜め前に座る男とのデートの約束が成立した瞬間だ。実に滑らかな大人の男女の会話だ。  この男は……たぶん目の前の男よりも良識がある、と思いたい。まあ、友人が良ければ、嫌な目に合わなければ別に好きにしたらいいんだと私は思う。けれど、大人の関係になるのは、相手をよく見極めてからにしてほしい。「すぐに脱ぐ女」というレッテルを張られて友人が泣くのは見たくない。  そんなことを考えているのだと言えば「保護者か」と突っ込まれそうだが。  そうやって、合コンであることを他人事のように考えて、楽しそうな友人と相手の男の会話にうんうん、と頷いていた私に、突然、爆弾が落とされた。イケメンという爆撃機が、そんな発言をする機会を虎視眈々と狙っていたことに私は気が付かなかったのだ。 「なあ、俺たちも、デートしようか」 「は?」 「デート。なんなら、今から」 「……は?」  豆鉄砲を食らう鳩の気持ちなんか分からない。が、こんな感じなのだろうか。私が目を丸くしていると相手が切れ長の目でこっちを見つめながら畳み掛けてきた。  正直、やめてほしい。好みの顔の人にそんな攻撃されると混乱状態というステータス異常に陥ってしまうではないか。  相手の友人二人がこっちを見て、酔いが褪めたような顔をしている。  私の友人二人はこっちを見て……にやにやしている。 「この人、いいかな?」  誰にどういう意味の許可を取っているのだろう。 「どうぞ、どうぞ」 「じゃ、遠慮なく」  友人が許可を出したら、男は笑った。にやにや笑いではなく、にっこりと、だ。  私の心臓はヘッドショットされた。その攻撃は、一撃必殺の即死系だ。  心臓って、頭じゃないけれど。
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