第1章

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「じゃ、行こうか」  頭に血が上っている私は茹蛸のようであろう。ここには鏡なんかないから顔がどうなっているのか分からないが。  そのまま、あっという間に連れ出されて、私は為すがままだ。  ……いや、これじゃいけない。このままホテルとか、相手の家とか連れ込まれても困る。今日の下着はばらばらだ。否、そうじゃない。確かこの人は「最初のデートで脱ぐような子とは付き合わない」という人だ。もし、そっち方面に行こうとしたり、タクシーに乗ろうとしたりしたら、拒否しなければ。 「高いところは平気?」  貞操を守る決意をしている時に、そう聞かれた。この人は、一体私をどこに連れて行くつもりなのか分からないが、すぐにそういうことをするつもりはなさそうだ。  そう考えて頷いたら、暫くして観覧車に乗せられていた。  街中の、ビルにあるこの観覧車は好きだ。けれど、カップルで乗ると別れるという都市伝説があった気もする。そんなことを気にするメンタルは大学生で卒業したけれど、それから一緒に乗った彼氏とは結局別れているな、ということに思い当たる。  さっさと買ってきたチケットを手渡されて、手を引かれて、係員に「いってらっしゃーい」と明るく見送られて、あっという間に密室に二人きりだ。 「……この観覧車乗ったら、別れるって」 「は?」  二人になってからまともに口を聞いてなかったが、突然口を開いた私が言い出した言葉がとても不穏なものだから、男は怪訝な顔をした。説明が足りないとその顔が告げている。 「この、観覧車。カップルで乗ると別れるって都市伝説があって」 「ふーん。信じてるの?」 「別に、信じてない。……信じてはないけど、実際、乗った人とは別れてるし」  口にしてしまってから、ん? と思った。  この人に、こんな話していいものか。会ったばかりで、相手の性格もよく分からないうちに、というかまだ何も始まっていない関係のうちに、過去の男の話とか、して良かったのだろうか。  よく分からない。 「確かに、そうかもな。俺も、一緒に乗った相手とは別れてるわ」  ……。この彼の発言はどういう風に考えたらいいのだろうか。一緒に乗ると離別すると言われている観覧車に、合コンで出会ったばかりの女を連れ込んで、過去の女の話をあっけらかんと言い放つこの男の神経も分からない。 「でも、男女が付き合ったら、別れるか、結婚するかのどっちかだよ」
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