第1章

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「それに、君とは、まだ付き合ってないし」 「そう、だよね」  言われてみたら、はっとした。ただ合コンで出会って、連れ出されただけで、私とこの人は別に付き合ってない。ただの事実を言われただけだ。  急に恥ずかしさに襲われて俯いた。私は思いあがっているのかもしれないと気が付いてしまったからだ。  この人が何を考えているのかよく分からない。やっぱり分からない。男女の機敏に敏い人なら、こう言われても気のきいた返事をすることができるのだろうか。そうして、うまくこの人の彼女になる方法を実行に移すことができるのだろうか。  私にそんなスキルはない。だから、今一人身なのだ。  誘惑とか魅了とか、そんなアビリティを身に着けるには一体どんな経験を積めばいいのだろう。 「あのさ。俺、気が付いてたんだよね」 「……何に?」  話始める相手に返事をしないのもおかしいかと考えて、続きを促してみる。今更ながら、夜景の美しい観覧車にイケメンと二人で乗っている事にこんな素晴らしいシチュエーション、滅多にないなと他人事のように思う。 「写真と、目の前に居る人が同じ人だって」 「写真?」  どの写真の話か、私の頭がフル回転で過去の記憶を探し出す。 「今日の合コン相手の写メと、エスカレーターで俺の話を盗み聞きしながら、すんごい溜息ついた人」 「げ」  やっぱり聞こえてた。ばれてるならば仕方がないけれど、気まずくて仕方がない。 「いやー……偶然ってすごいですよね」  誤魔化すように呟く私に、彼はあのにやにや笑いを浮かべた。 「わざわざ振り返って俺たちの顔を確認した時の顔と、居酒屋で顔を合わせた時の顔と、毎度すごい百面相してくれてさ」 「すごい遊び人だなあって感心してたんですよ」  私の精一杯の嫌味にも彼は笑っている。 「正直な人だね。まあ、遊び人であることは否定しない。でも俺も真面目な付き合いがしたいと毎度思ってはいるんだよ」 「へー。そうですか」  気持ちの籠っていない返事をしたのは、全くそうは見えないからだ。  けれど、彼はそれを聞いた途端に、切れ長の瞳で私を見据える。 「だから、これから真面目な話を一つするけど」  視線に絡め捕られてしまいそうだ。 「俺とちゃんと付き合わないか?」 「……どうして私なんですか」  不信感を露わにした声が出た。  私はデートする相手のいる人と付き合う気になどならないのだ。いくら好みの人であっても。
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