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纂:「こんなことを自白するのは、あまり私の望むところではないのだけれど……私は一昨日のあの瞬間から、自分が最低の人間だと思うようになったわ。」
男:「そうかね。」
纂:「私は、見てただけよ。誰かが人を殺して、誰かが死ぬのを、ただ見ていただけよ。だからこそなのかもしれないけれど、何もしなかった自分をあんなにも呪ったことはないわ。」
男:「それが何かね?」
本題を遠ざけるような言い方だ。
纂:「自分の心臓に杭でも突き立ててやろうかとさえ思ったわ。鬱状態に対するショック療法じゃないけど、本気で自分自身を傷つけてやりたいと思ったわ。」
男:「………。」
纂:「それくらいよ。それくらい、私は自分のことが嫌いになったわ。あの光景を目にしたことによってね。
でもだとしたら、直接手を下した人は、いったいどんなことを考えてそれを実行し、どれほどの罪悪感をその身に覚えたことでしょうね?傍観していたというだけで自分の人格を全否定することになった私からしたら、それは想像を絶するわ。」
怒りでもない、好奇心でもない何かが、彼女の口を突き動かしていた。
纂:「答えなさい。どうしてあなたは何のためらいもなく、あんなことができたの?」
男:「………。」
纂:「言っておくけど、〝世界のためだから〟なんて答えは認めないわよ。」
生まれて初めて自己否定を味わった人間の、それが口のきき方か、と陸巳は思った。
男:「答えて意味はあるのかね?」
纂:「内容によるんじゃない?」
男:「君は私の精神状態に興味があるわけでもないのだろう?」
纂:「無いわね。」
一点の曇りなき返答である。
それが隣にいる幼馴染の不安を余計にあおる。
男:「君らの目には、私が異常な者に映って見えるのだろうな。」
纂:「それはもう。奇異の目を禁じ得ないわ。」
男:「無理もないな。だが百年生きてみれば分かる。私の中の天秤が、狂っているのかいないのか。」
纂:「どういう意…」
陸巳:「ま、まぁ良いじゃないスか。そんなことはどうだって。」
堪らず陸巳は転ばぬ先の杖を差し出す。
纂が憤怒に駆られるのは、彼にとってすこぶる都合が悪いのである。
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