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「いーつーみ。弟くん来てるよ」
昼休み、友達数人と食堂に向かおうとしていたわたしの元に、蓮児が顔を出した。
「何、どうしたの?忘れ物ならないよ」
「俺」
「は?」
「今朝、俺のこと忘れて行ったでしょ」
「あのね、彼氏が迎えに来てくれたの。一緒に登校することの、どこが悪いの?」
「待って、って言ったのに」
「子供か、あんたは」
“ぶー”なんて言葉にして言う男、初めて見た。
「なんにせよ、おかげで朝からお嬢様に絡まれて大変だったんだぞ。英語の小テストのことも忘れてたし、散々だったんだからな」
「あんたは八つ当たりをしに来たの?それとも自慢をしに?」
「両方に決まってんだろ。馬鹿乙美。It's me.」
いつの時代のギャグセンスよ。中一で三人称を習ったときはからかわれてたけど、今更そんなん言うのはアヒル続きのこの馬鹿ぐらい。
「電子レンジ」
その言葉に、普段穏やかな我が弟の顔が激しく引き攣る。しまった、と思ったときにはもう遅く。
「ほう、ほうほう。そうきたか。こっちにも考えがあるよ」
「いや、ごめん。ごめんね、蓮児」
無謀だとわかっていながら、わずかな抵抗を試みる。これでも、精一杯の気持ちを込めて謝罪しているというのに。
「あ、これ見てください。姉が四歳の時のものです」
「ちょ、やめてやめて!お願いします!」
「え、これ乙美!?可愛いー!!」
先日、母親が応接間の片付けをしていた時に見つけたという、我ら姉弟の幼い頃の写真。男の蓮児は、別に恥ずかしい写真なんてない。けど、わたしは違う。
おねしょをして泣いている写真。年長のお遊戯会で鳥の役をしている写真。近所のいじめっ子に泣かされて帰ってきたときの写真。寝ているときの二重アゴを収めた写真。
とにかく、まともな写りを探す方が難しかった。いやらしい弟。どこかで役に立つだろうと携帯に収めていたらしいその写真集は、こういうときに効力を発揮してしまうのだ。
「帰ったら覚えてなさいよ」
その少し整った顔を、恐怖で歪ませてやる。
「とにかく姉ちゃん、明日は置いていくなよ」
わざわざ三年の教室まで来たかと思えば、結局言いたかったことはそれ。まったくもって無駄な時間だった。
隣で顔を赤らめている友人たちに軽く会釈をして、蓮児は帰って行った。
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