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「…さん…柊さん…柊さん!」
「は…」
ふと目を開けて周りを見渡すと、教室にいる生徒たちの視線がわたしに注がれている。
「はい?」
「乙美…今、現社…」
振り向いた透子が、こっそりと諭してくれる。
机の上には何もない。
「あれ…今…」
黒板の横に張られた時間割表を見ると、本日火曜日の五限目の枠に“現社”の二文字。
「自習は…?」
「とっくに終わった」
呆れたように前に向き直る透子。
「最初からずっと、伏せたままですよね?」
教壇の上から掛けられる声に、背筋が凍った。氷の女王、広沢広美。誰も笑ったところを見たことがないというとにかく生真面目な女教師。銀フレームの眼鏡が、怖さを更に際立たせる。
「…すみません」
透子のヤツ、起こしてくれてもいいじゃん。
ムカついたから、ノートの端っこを少しだけ千切り、“ばーか”と書いて投げつけてやった。すぐに“アホ”と書かれて返ってきたけど。
イライラする。このイライラの出所は一体どこだと考えを巡らす。広沢先生の授業は最初から聞いていないから、もうどうでもよくなった。
自習中ずっと、蓮児の話を透子としてて…というかほとんど透子が一人で盛り上がってただけなんだけど。
昨日の夜は遅くまで起きてたせいで睡眠時間も短くて、五限目が始まるまでのほんの十分、机に伏すつもりで…
いや、起こしてくれなかった透子も悪いけど、そもそも寝不足なのは蓮児のせい。アイツが食後のデザートに取っといたプリンを、勝手に食べたせい。その後お腹が寂しくなって、なかなか眠れなかったせい。
「はあ…」
我ながら、なんて理不尽…
わかってはいるけど、なんか無性に腹が立つから、全部蓮児のせいにしてやる。
チヤホヤされちゃって。
ちょっと背が高くて、ちょっと顔がよくて、ちょっとバスケができるぐらいで天狗になって。英語に関しちゃ、なんとかアヒルで踏ん張ってるクセに。中学英語からやり直してこいっての。
ムカつく。わたしには、何もない。
だからこそ嫌味ったらしいぐらいに完璧な蓮児に、嫉妬さえしてしまう。
醜い、って、わかってるけど、神様は意地悪だ。
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