第一章

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聞こえてくる皆の声よりも、皆の椅子を引きずる音が僕には耳障りで、目を閉じていようものなら頭の中がいろんな色の渦巻きみたいになって、ぐちゃぐちゃになって、飲み込まれそうだったから目だけは開けていた。 「まあまあ、そうみんなで百目木をせめるなよ。悪気があってした事じゃないんだから。なっ、百目木。ほら、まいこと握手して仲直りだほらっ」 いつの間にか机の前まで来ていた先生が、僕の肩を何度か優しく叩くと、まいこちゃんにも同じように言葉をかけた。 「ほら、握手だ握手」 僕らは半ば強制的に立たせられ、先生のそれぞれの手で僕らのそれぞれの手を握り、無理矢理に握手をさせた。 「よし、これで仲直り、はい、この話はこれでおしまいっ」 腑に落ちない表情でまきこちゃんはこちらを見ていたに違いないし、きっとまいこちゃんも、しかめた顔で椅子に座り、僕と同じようにうつ向いていただろう。 畠山先生は一呼吸入れると、まだざわついている教室の中を歩き始め、明後日に迫った秋の遠足会の説明をしながら、黒板に持ってくる物リストをずらずらと書き出していた。 「まあまあ、忘れ物はないようにな。しっかり書き写すように。」 僕はまだ前を向けず、うつむいたままで、皆の鉛筆の音に萎縮し、僕の方を見ているであろう、多くの視線を背中に感じていた。 「先生、バナナはおやつに入るんですかー?」 足の速い奴が得意気にそう言うと、さっきの薄ら笑いとはうって変わって、クラス中が大きな笑い声に溢れた。 ひとりぼっちとはこういう事なんだと気付いた10歳の秋、僕は帰り道、遠足なんか絶対行かないと誓った。
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