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考えが頭を暴れ回って、どうにも気分が優れない。母の勧めで、僕は昔よく遊んだ裏山へ登ってみることにした。この山は、八合目ほどまでは緩やかに苦もなく登ることができるのだが、その先は切り崩したような岩壁となっていて進むことができない。だからといって、回り込もうとすれば、大人よりも背丈のある芒が茂っている上に、奥には熊が住んでいるという猟師の話もあって、誰も立ち入ろうとしなかった。丸太に腰掛けて、街を眺めると幼い頃の記憶が蘇った。岩壁の何処かに洞穴のようなものが空いていて、その中をよじ登って頂上に出ることができるのだ。茂みをかき分けてみると、あっけなく見つかった。たしか、洞穴を抜けると苔生したあばら家があったはずだ。片脚を突っ込んでみると、記憶よりもずっと小さい。これはきっと、腰か肩でつっかえるだろう。もしかすると、童心に見たあばら家が、「魔女」の住処にでも見えたのかもしれない。それで僕の魔女研究は始まったに違いない。
もう一つ思い出したことがある。パン屋である。実家から、裏山を挟んで丁度反対側、小さなパン屋があった。丸みを帯びた白。牛乳に、レモン汁を一滴垂らしたような、柔らかい色の壁に、古ぼけた赤い屋根がよく映えている。時は流れても、何か一つ、切っ掛けがあれば思い出せるのだ。
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