第1章 真夜中のパイドパイパー

52/52
487人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
――――  夜風が隙間風となって研究室に吹き込んでくる。老朽化が進んだ校舎。耐震工事をいくら施してもどこかに空いた隙間だけはいつになっても直されることはない。トイレにウォシュレットの機能を付けるくらいならば、先にこの欠陥構造を何とかしてほしいものだった。  愛里は割れた試験管を覗き込みながらそんなことを考えていた。  時刻は只今午後11時を指しております。良い子はうちに帰って早く寝ましょう――そうしたいのはやまやまだったが、目の前の試験管をどうにかしないことには帰れそうもない。 「はあ。この試験官が割れてしまったのは君の巻き起こした不幸のせいですかね。お陰で今日も実験は失敗です」  隣に座っている颯太へと愛里はそう声をかけた。3メートル以上近付かないでください警報はもう既に解除されているようだった。 「そうかもしれませんね。だとしたらすいません。でも、神楽坂さんはそんなこと気にしないですよね」  成功の秘訣とは何だろうか。昔の愛里ならば、成功を10の項目に分けると、そのうちの6を努力が占め、残りの4はその人の生まれ持った才能とか才覚とかが占めるのだと熱弁しただろう。しかし、ついさっきまでの彼女ならばこう答えたかもしれない。努力3、遺伝子3、運が4、と。運の要素がほかのふたつを上回っていた。 「はい、気にしません」  ただ、今の彼女ならば、こう答えるだろう。 「確かに成功には努力も才能も運も必要です。その割合はもう分からなくなりました」  それも、笑顔で。 「でも、その中で最も大事なものは分かります。それは、努力すること。諦めないこと」  愛里の自然な微笑みに颯太も微笑みを返す。 「こんな簡単なことに気付けたのは、案外、チャラくて不幸体質で酢酸臭くて、それでも私を追いかけて来てくれて、私の代わりに叫んでくれた人のお陰なのかもしれませんね。感謝しないと」 「照れますね……」 「別に福豊くんとは言っていません」 「えええ……」  愛里はそう言って眼鏡をくいと指で押し上げると割れてしまった試験管の欠片を掃除するために立ち上がった。 「さあ手伝ってください。早く帰って明日も頑張るんですから」 第1章・完 To be continued...
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!