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しばらくすると扉の奥の嗚咽が止み、足音は次第に僕から遠ざかって行く。
「……行かないで。」
この声が彼女に届くことはない。
僕はまた、彼女のケータイ番号さえ聞きそびれてしまったんだから。
このまま彼女が出てきてくれるまで待っていようかとも思ったけど、ご近所からストーカーと通報されようものなら、今はそれを否定できない立場にいるわけで。
いつまでもここで物思いに耽っているわけにもいかず立ち上がる。
二度と会えないわけじゃないんだ。
誤解は解ける。
そんな一縷の望みに託すしか、もう僕には打つ手がなかった。
どしゃぶりの薄暗い土曜日の早朝。
駅までの道のりを歩きながら、途中で傘も買うこともせずに僕は打ち付ける雨粒に紛れて咽び泣いた。
馳せる思いは僕らのもう一つの今日という一日。
温かいシャワーを浴びたあとに抱き締める彼女の柔らかな身体。
あーだこーだと言い合いながら2人で並んで立つ1口コンロの狭いキッチン。
たくさんのおもちゃに囲まれながら手を繋いで歩くトイザらスの店内。
許せないくらいに、僕は自分を責め続けた。
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