楽しい将棋のさされかた

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       /対局開始/  そこは奇妙な場所だった。  喩えるなら、広大なフローリングの部屋とでも言おうか。ただし壁はない。少なくともそう見えた。  床が切れた場所は、ここが世界の果てとばかりに断崖絶壁になっているように思える。近くまで行って見なければ分からないが。  壁が無ければなんなのかといえば、これまたよく分からない。まるで宇宙空間に浮かんだ大きな体育館という趣ではあるのだが、周囲は真っ白。圧迫感はあまりなく、不思議と環境への恐怖もそれほど感じない奇妙な場所だった。  そして、そんな場所に人間が点在している。周囲を見渡せば、それはどこか規則的な配置に思えた。各々隣り合った人間と何やら会話をしているが、話の内容は遠いのでよく分からない。  そんな場所に呆然と立ち尽くす悠樹は、だいぶ経ってからようやく正気に戻る。 「…どこだよ、ここ」  漏らさずにはいられない呟きを漏らして、もう一度周囲を見渡す。人間は周囲にいるが、各々立ち位置が微妙に遠い。  ふと左を見て目に入ったのは杖をついた穏やかな顔立ちのおじいちゃんである。 「あのー、すんません、ちょっといいスか?」  その呼びかけに振り返ったおじいちゃんが悠樹の姿をとらえ、にこにこと微笑みながら首を傾げる。いかにも好々爺といった雰囲気だ。ある種の安堵を覚えながら会話を試みるが、 「あのですね、ちょっと聞きたいんスけど」  にこにこ 「ここは一体、どこなのかなと思いまして」  にこにこにこにこ 「…あの?」  にこにこにこにこにこにこ  だめだ通じねえ。悠樹は瞬時にそう判断する。  もしかしたら耳が遠くて聞こえてないのかもしれない。痴呆の可能性もある。近づいて話してもいいが、耳の遠い人間を話相手にするのは疲れるし、相手にも負担をかけるだろう。誰かいないかと周囲をもう一度見渡す。  ふと、おじいちゃんとは反対側、何故かパジャマ姿の小柄な少女と視線が合う。少女は少しだけキョトンとして、しかしパッと表情を明るくした。
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