始まり

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「美しい景色だ」  少女はそういって満足そうに笑う。そして、側に置いた彼女の足であるところの自転車のフルームを優しくなぞった。ここは素晴らしい場所だった。少女の住む街の騒々しいまでの賑やかさとか、実用性だけを突き詰めた結果、夜中だって光ることを止められない建物とか、そんなものとは無縁だった。整備された街にはありえない、雑草や小さな花があちこちから顔を出している。少女は息を深く吸い込む。 「いつか、私の街にもこんな景色が広がることがあるだろうか」  そう、呟いて彼女は目を閉じる。目を閉じてもはっきりと思い描いておけるほど彼女はこの景色を楽しんでいた。次は、匂い、音、それに風。その全てを彼女は体に染み込ませる。空は青くいつもよりいっそう鮮やかにこの景色を写していた。少女の赤い髪も風に揺れて景色を彩って見せる。 彼女がこれを素晴らしいということが頭の硬い大人たちには、規則に凝り固まったクラスメイトたちには理解できないらしいのだ。だから、少女は一人でここまで来たのだった。自転車で風をきって数時間。こんな田舎までくる変わり種は彼女くらいのものだった。そんな下らない人々に彼女は呆れる。しかし、反れと同時に小さく決意するのだ。あのつまらない街に本の少しでもこの美しさを混ぜ混んでやろうと。小さな花を、整いすぎてない草を、そして……。 少女は自転車に乗り込む。赤い髪がゆれる。 「絶対、みんなにこれをみせてやるわ。むしろ、あの街をこうしてやるわ」  少女は勢いよく自転車をこぎ出す。背中にある景色がどんどんと遠ざかる。草が、小さな花が、広大な灰色が遠ざかる。少女が決意と共に走り去ったあとには崩れかけの建物の群れがただ、残された。遠い昔に人々に打ち捨てられた。昔の形を残すだけの灰色が。 これが全ての始まりだった。
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