第1章

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 あれは完全に兄に身動きをとれない状態に持ち込まれました。  あれは獣のように喚き、抵抗しましたが、兄さんはその姿勢を崩しませんでした。やがてあれは身動き一つしなくなり、やっと喧しい声を上げることがなくなりました。  最初は、よくわかりませんでした。兄さんは黙っている私を尻目に、動かなくなったあれと父さんを引っ張ってどこかに行こうとしています。それを止めました。  だって、父さんが可哀想じゃないですか。傷だらけで、痛がっている。治さないといけません。  兄さんは、困惑した様子でしたけれど。あれから肉を削いだことには遺憾に思いましたが、今はあれ以外の不必要な肉はありません。父さんの傷はそれで完全に塞げましたが、足を悪くしたのか立ち上がってくれません。  兄さんに頼んで椅子に掛けてもらいました。父さんは以前より表情が乏しくなりましたが、あれに触れられたせいでしょう、声を聞いたせいでしょう、目に入ったせいなのでしょう。脳がおかしくなってしまったのです。  兄さんは――少しだけ変わりました。父さんが何を言ってるのかわからなくなったそうです。あれのせいです。あれの獣のような声を間近に聞いたせいです。
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