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(一ノ瀬叶多。)
心の中で何度も呟く。
頭の中でずっと彼のことを考えていた。
作業する手元がぶれないようにと集中しても、一ノ瀬叶多は常に夏乃の頭の中にいた。
ーーーー今日、彼に救われた。
(登校中に偶然会って、倒れたわたしを保健室まで運んでくれた……)
その事実だけでもかなり意識してしまう。
だがそれ以上に……
(途中で意識はなかったけど、香奈さんってば、あんな詳細に語るから………………)
抱きかかえられていたことを思い出し、顔が赤くなる。
と同時にボールペンのペン先が動き、線がゆがんでしまう。
急いで修正テープを取り出しながら
(……それに、一ノ瀬くんは、ちがうってどういうことだったんだろう)
と思った。
昼頃、夏乃が目を覚ますと、ベッドの横に香奈がいて、夏乃に一ノ瀬について教えてくれた。
どうして、と戸惑う夏乃に、香奈は、一ノ瀬は必ず夏乃を嫌いにならないと言った。
そう、断言した。
だから一ノ瀬に心を開いてやれ、と。
香奈が嘘をついて騙したりするような人ではないことは分かっている。
だが夏乃は、香奈の言葉を信じなかった。
いや、正確には自分自身を信じなかった。
私を嫌いにならない人なんていないよ、そういうしかなかった。
香奈がふさぎ込んだ夏乃の心をこじ開けようとしているのは知っている。
期待に添えない自分に嫌気はさしていたが、どうしてもできないのだ。
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