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「退学にするのも世間体が悪いし、かと言って単位をやるのも……」
タバコを燻らし、教頭は溜め息を吐く。何気にひどい言われようである。
それでは、さっさと自主的に辞めてくれと言っているようなものではないか。いや、実際……教頭や他の教師はそう考えているのだろう。そう、如実に顔に書いてある。
私には、荒木君がただ悪ぶっているようには見えなかった。寂しげな彼の横顔は、いつかの自分と重なる。
「でも、彼はちゃんと勉強していますよ」
「え?」
思わず発した私の言葉に、教頭が素っ頓狂な声を上げた。職員室の空気が止まる。
あ、と私は口を押さえた。言わないつもりだったのに、自然と口から言葉が滑り出てしまったらしい。
……覆水盆に返らず。
吐き出してしまったのならば、最後まで言ってしまおう。私は唾を嚥下して言葉を続ける。
「荒木君はちゃんと、相談コーナーで勉強しています。授業へは出ていないけれど……勉強する気が皆無なわけでは――――」
「高崎先生。いくら副担任だからって、荒木を庇わなくたっていいんですよ」
「そうそう。あの荒木君が真面目に勉強するわけないじゃないの」
教頭は憐れみを含んだ表情で私に頷いてみせる。そのあとに角松先生も一笑にふして続いた。
職員室内のメンバーも示し合わせたように頷き合う。
皆、私の発言を信じていない。
当たり前だ。
彼らは現実に荒木君が相談コーナーで勉強している姿を見たことがないのだから。
人間というものは、自分の目で見たものしか信じられない。私だってそうだ。この目でしっかりとその現場を見ているからこそ、こんな風に彼の悪評判を叩き壊したくなる。
バチッと笹木先生と目が合った。
笹木先生はメガネの奥にある柔和そうな薄茶の双眸を細め、微笑を投げかけてくる。
……そんな愛想笑いに、私は騙されない。
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