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 アパートの駐車場には、普段妻が通勤に使っている車も停めてあるのだが、日頃の出不精がたたって、私はすっかりペーパードライバーになってしまっていた。日常の買い物なら、近所のコンビニで十分事足りるせいもあったが。今私が求めている「肉」は、コンビニで買える類のものではなかった。私は息を切らしながら自転車を漕ぎ、駅前の商店街へ向かった。  まずは駅前のスーパーに自転車を停め、地下の食料品売り場へ直行し。だだっぴろいスペースの中で、肉関係の売り場を血まなこになって探した。何段にも渡ってずらりと並んだ肉類のコーナーを見つけた時には、喜びのあまり声をあげそうになってしまった。棚の上でその艶々とした肌色の表面を剥き出しにされている生肉の前で、私は今ここで人目もかまわず並んだ肉にむしゃぶりつきたい、いっそのことこの棚に向かってダイブしたいという思いにかられたが、わずかに残っていた理性がどうにかそれを食い止めてくれた。  そして目に入った肉類を全て買い占めたいという欲望もなんとか我慢し、とりあえず普通より少し多めなくらいの肉を買い込んだ。それから私はスーパーを出て、少し行ったところにある肉屋へと自転車を走らせた。あまり一箇所で大量の肉を買い込むのは、不自然に思われそうな気がしたからだ。ここでもやや多目かなという量の肉を買い、私はようやく帰路に着いた。  部屋に戻った私は、そのまままっすぐにキッチンを目指し、買い込んで来た肉のパックを取り出した。そして、今は滅多にしなくなった料理をしようと、フライパンをガスレンジの上に置き。生肉を包んでいたビニールを破り、素手でがっしと肉を掴んだ瞬間。そこで、私の理性の糸はプツンと切れた。  紛れもない、剥き出しの、「生」の肉の感触。その手触りを感じた途端、手のひらから、指先から、突如として電気がほとばしり、体中を駆け巡ったかのようだった。私はためらいもなく、掴んだ生肉に、そのまま噛り付いた。何も調理をされていない、何の味付けもなされていない、まさに「肉」そのものの味。歯ざわりのいいように加工される前の、噛み切られるのを抗うかのような歯応え。噛み締める度に、口の中に広がっていく肉汁。これこそ私の、私の内臓が求めていたものだった。私は口いっぱいに頬張った生肉をぐちゃぐちゃと噛みしだき、ごくりと一気に飲み込んだ。
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