14人が本棚に入れています
本棚に追加
もはや、生命力が満ち溢れた、生まれ変わったなどという表現ではとても言い表す事は出来なかった。まるで自分が何か違うものに変貌してしまったかのようだった。
やがて陽が落ち、夕闇が近づいてくる頃、私は今日何度目かの「食事」を終え、呆けたように壁にもたれかかっていた。ひとときの快感を味わい尽くした後の虚脱感とでも言うか。締め切りの迫っている原稿に手をつける気にもなれなかったし、それ以前に部屋中に散らばった肉の食べかすを片付けようという気力さえ湧かなかった。
ただひとつ、気になったのが。私に「秘宝の水」をくれた、あの作家仲間。彼は今、どうしているのだろうか? そう、あの時彼も、私と同じ様に、あの水を飲み干していたのだ。もしかしたら彼にも、私と同じ様な変化が起きているのではないだろうか。そして、この水を手に入れたという南米の村で、もっと詳しい事を聞いているかもしれない。何か、この状況に対処する術を知っているんじゃないか。
そんなかすかな希望を込めて、彼の携帯に電話をかけてみたが……呼び出し音が鳴り続けるだけで、相手が出る気配はなかった。彼もまた、私と同じく、ひたすらに肉を食らい続け。同じ様に、言い知れぬ虚脱感に襲われているのだろうか。それとも……? 私は電話を切り、自分の携帯を空のパックが散らばった部屋の床に放り投げた。
そして私は、もう深い思考を巡らす事の出来なくなった頭で、ぼんやりと妻の事を考えていた。出張から帰ってきてこの部屋の惨状を見たら、頼子はなんて言うだろう。いや、部屋の様子より、今の私自身の姿を見て愕然とするかもしれない。朝方最初の買い出しに出かけたまま、ろくに顔も洗っていない。手も顔も、そして着ている服にも肉の脂がベットリと染み付いている。特に私が常日頃から綺麗好きだというわけではないが、妻の留守中に部屋を乱雑にしておくなんていうことは今までなかった。
そして私自身も、例え外に出る用事がなくとも、部屋にいていつ誰が訪ねてきても恥ずかしくないような格好をするよう心がけていた。それが自分を養ってくれている妻に対する礼儀だと思っていたのだ。それなのに……しかし、それでも私の頭は、それ以上の事は考えられなかった。今はただ、ひたすらに肉を求め続ける、私の内なる欲望に従うしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!