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 それは、腹の調子が悪くなる前の晩、私が作家仲間の男と、安い居酒屋で飲んでいた時のこと。そいつが旅行の手土産にと取り出したものが、そもそもの発端だった。  そいつも私と同様、懲りもせず売れない小説ばかり書いているのだが。私の書いているものが、日常生活のちょっとした出来事を書き連ねた、一般的に言えば地味な私小説のような作風なのに比べ。彼の書く作品は――嘘か本当かは定かでないが――とにかくハッタリを十分に効かせた、世界中の未開の地を旅して遭遇した「驚くべき真実」の体験レポートのような内容なのだ。昔テレビで流行った、「川口探検隊」の小説版みたいなものだと表現した方がわかりやすいかもしれない。  誰もがネット上で、家にいながらにして世界中のあらゆる情報を手に入れる事が出来る現在、彼の手法はいかにもアナログで、時代遅れなものに思えた。しかし彼に言わせると、それこそが「男のロマン」なのだそうだ。そういうもんかね……と、私は特に反論するでもなく受け流していたが。ホームページやブログなど、誰もが気軽に自分の日常を書き連ねる事が出来る今の世の中で、取り立てて面白い事があるわけでもない日々の生活を小説に書いている私が、彼に対し何か反論出来るはずもなかった。そういう意味で、私達は時代から取り残された似たもの同志だとも言えた。  彼がこれまで書いてきた小説のうち、どこまでが本当に体験したものかはわからないが、それでも一応本を書く前には、ちゃんと現地まで取材に行ったりしている。全部が全部、頭の中で勝手にこしらえた作り話ではないというわけだ。  なんでも今回は、これまで足を踏み入れた事のなかった南米の奥地にまで足を伸ばし。そこで知り合った村の長老から、「秘宝の水」なるものをもらってきたというのである。正直、かなり眉唾ものの話ではあったが、酔いも手伝ってか、私はその話に少なからず興味を示してしまった。それで彼はますます勢いに乗り、私に向かって得意のハッタリ話をかまし始めた。
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