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 そんな話をちらっとしたら、そいつは我が意を得たりとばかりに、私の肩にぐいっと手を回し。うんうん、わかるわかるという様に頷きながら、 「そうだよな、あんな別嬪さんの奥さんがいたらなあ、幾つになっても喜ばせてやりたいと思うよなあ……」と、私の耳元に囁いた。そうなんだ。私には身分不相応なくらいの美人の妻に、しかも養ってもらっている私にとって。何かお返しが出来るとしたら、そういう事くらいじゃないか? 小説だって、この先劇的に売れるようになるとは思えないし。今思えばその時の私は、相当に酔いが回っていたのだろうが。 「いいよ。この世に二つとない大事なものだが、お前だけは特別だ」  書いているジャンルこそ違え、売れない作家同士の奇妙な連帯感とでも言うか。そいつは持っていたカバンから、大袈裟なくらいに慎重に、小さなガラスの瓶を両手で取り出し。その中に入っていた透明な液体を、私が熱燗を飲んでいたお猪口に注いだ。「さあ……」そいつは自分のお猪口にも同じ様にその液体を満たすと、私に向かって差し出した。  その「水」は、見かけは普通の水と何ら変わらないように見えた。心なしか少し濁っているような気がしなくもなかったが、それは人里離れた南米の奥地から持ってきたんだという先入観のせいかもしれなかったし、またいい按配で回っている酔いのせいかもしれなかった。  お猪口をそっと鼻に近づけて、少し臭いを嗅いでみたが、先に入っていた酒の臭いの方が強くて、水そのものの臭いまでは感じられなかった。彼が適当な事を言って私を騙し、そこら辺の水道水を飲ませようとしていたとしても、私には全くわからなかっただろう。注がれた水を前にして、私が躊躇していると思ったのか。そいつは自分のお猪口を私の鼻っ面に突き出し、高らかに叫んだ。 「俺たちの未来と、美人の奥方に乾杯!」  そいつが言ったのと同時に、私達はお猪口をかちんとぶつけ。そして私は覚悟を決め、「秘宝の水」をぐいっと一気に飲み干した。
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