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 それでは、「私以外の何か」とは、いったい何なのか。それはやはり……今は欲望を満たせたせいか、大人しくなっているが。今朝目覚めた時からずっと私を突き動かしていた、私の腹の中にあるもの。私の内臓。私の胃。貪欲に肉を求めていた、そいつらに支配されていたのではなかったか。そして私は、その時初めて、何か戦慄に近いものを覚えた。もしかしたら、これがあの「秘宝の水」とやらの効果なのか……?  と、その時。私は近くに何者かの気配を感じて、はっと部屋の隅を見た。そこにいたのは、いつのまに上がり込んできたのか、近所にいる野良猫だった。妻がいる時はすぐに追い出されてしまうので寄り付かないが、妻の留守中に私が一人で食事をしていると、そのおこぼれにあずかろうと、こうして図々しく部屋の中に入ってくるのである。私も普段はそんなに量を食べる方ではないので、猫が来る度に何かしら自分の食事を分け与えていたのだ。そのうちに、いつの間にか私の部屋に平気で入り浸るようになってしまった。  しかも、猫が欲しがるだけ食べ物を与えていたせいか、野良猫にしては随分と丸みのある体型になってしまっていたが。しかし今日は、買い込んできたものを私があらかた食べ尽くしてしまったのがわかったのか、もの惜しそうに散らかった空のパックをペロペロと舐めていた。私はしばらく、ただぼんやりとその猫の様子を眺めていた。いいなあお前は、そうやってのんびりとしていられて……。そんな事を考えながら。すると。  それまで大人しくしていた私の内臓が、再び「どくん」と動き出した。その意味が、私にはすぐにわかった。驚くべき事に私の内臓は、再び食欲を訴えていたのだ。いや、さっきあれだけ大量に食べたのだから、さすがにまだ空腹感は満たされていた。それは、腹が空いているという欲求ではなかった。「食べたいものは、これではない」そういう衝動だった。とりあえず先ほど食べた惣菜の肉類で、空腹感だけは満たせた。だが、本当に食べたかったのは、こんなものではない! そういう強烈な思いが私を支配し始めた。もう、先ほど私をちらりと襲った戦慄はすっかり消えうせていた。私は再び、自分の内臓の命ずるまま、部屋を飛び出していった。
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