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「じゃあ、行って来るね。あさっての晩には戻るから。……お腹の具合、大丈夫?」  今日から三日間の出張に出かけるというその朝、玄関でヒールを履きながら、妻の頼子が心配そうに私に言った。私は右手で軽く自分のお腹を押え、思わず苦笑いした。 「ああ、なんとか大丈夫だろう。気にしないで、行って来いよ」  実は、ここニ・三日続いている腹の不調の原因は、自分ではなんとなくわかっていたのだが。それを言うとますます頼子が心配するだろうと思い、その事は黙っていた。それでも頼子はまだ不安げな面持ちで、寝る時にお腹は冷やさないでね、酷いようだったら医者に行って診てもらうのよ? と念を押し。ようやく私たちの住むアパートの部屋を後にした。  いつものことながら、頼子のまるで母親のような言い草にやれやれと思いつつ、一方ではそれも仕方ないかなと納得している自分がいた。一応作家という肩書きはあるけれど、ほとんど安定した収入を得られない、売れない小説ばかり書いている私に比べ。頼子は一流とまでは行かなくとも、それなりの実績と信用のある企業で管理職を勤めており、二人の生活はほとんど妻である頼子の収入に頼っているのが現状だ。ぶっちゃけた話、私は頼子に養ってもらっているのだと言っていい。  それでいて、部屋にいることが大半の私が、頼子に代わって「主夫」を勤めているというわけでもない。妻の留守中に夕食を作っておこうと試みたこともあったが、帰って来た妻に「もう、無理しなくていいから」とあっさり却下されてしまった。頼子に言わせると、私の料理の腕前は、ただ食材を無駄にしてしまうだけなのだそうだ。それに気付かない私の味覚も、主夫としては失格という事なのだろう。それ以来、せめて食事の後は洗い物をと心がけてはいるのだが、結局妻の方が手際が良く、志半ばでその仕事も奪われてしまう羽目になるのだった。
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