前編 から揚げ

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話を遡る。 僕は放課後、東棟の校舎を歩いていて担任の目黒と出くわした。 目黒は僕を引き止めるなり、おまえ、社会赤だったろ、 これからみっちり補習だぞ、逃げるなよと言って凄んだ。 まずった。正直バックレるつもりだったので。 ふと西棟を見ると、補習に使っている特別教室の窓から、 一人の女の子が顔を出していた。 女の子は耳にオフホワイトのイヤホンをつけて、 涼しい顔で音楽を聞いている。 彼女を覆った白いカーテンは、風に揺れてはためき、 彼女と教室の関係性を引き離す境界線のようだ。 目黒の説教を上の空で受け入れつつ、 なんとなく彼女を見ていたその瞬間、僕はアッと声をあげた。 彼女は鞄から小さなアルミホイルの包みを取り出して、 次の瞬間、から揚げを食べた。 大きな大きなから揚げを。 僕が、 なんで、から揚げ? なんで、今? と思っていると、 もっと驚くことに、彼女は3秒ほどでから揚げを飲み込み、 また涼しい顔で音楽を聴いていた。 まるでさっきのことが無かったかのような、 美しく、さりげない、 完璧なから揚げの捕食だった。 「先生、学校でから揚げ食べてる生徒って見たことありますか?女の子で」 と、彼女を凝視したまま聞いた。 目黒は、そんな生徒居るわけないだろ、 話を逸らすな、と語気を荒げた。 でも確かに僕は見てしまった。 あのショートボブの、涼しそうな顔の女の子が、 大きなから揚げを、大きな口を開けて、 ペロリと平らげてしまった衝撃の場面を。 「先生、僕、補習に出ます」 と僕は言った。 目黒は、そうか、やっとやる気になったか、 と、嬉しそうに僕の腕を捕まえて、 教室に引っ張っていった。 人もまばらな静かな教室に着くと、 微かにイヤホンの音漏れがした。 その女の子のいるカーテンの場所だけがまあるく膨らんで、 カーテンの下から女の子の華奢で白い足が見えていた。 足首までの濃い赤色の靴下に、 潰し履きのない綺麗なうち履き。 彼女がさっき包みを取り出した鞄には、 音楽フェスやバンドのアームバンドが ごちゃごちゃとぶら下がっていた。 僕は、この子の名前が知りたい、そう思った。
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