前編 から揚げ

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それからしばらく、彼女を遠くから観察すること10日。 彼女のことが色々と分かってきた。 彼女のクラス、 彼女が遅刻ギリギリで登校すること、 彼女が忍者のように素早く下校すること、 彼女の友達が少ないこと、 彼女の好きなバンド、 彼女の愛読している本、 彼女の靴下は毎日色が違うこと。 何から何まで気になって仕方なくなり、 僕は彼女を完璧に、周囲にバレないように盗み見ていた。 そして10日目の昼休み、やっと決定的な瞬間を目撃した。 いつかと同じ、から揚げを食べる瞬間を。 その時も彼女はカーテンにくるまって、 イヤフォンをして音楽に聴き入っていて、 チャンスだと思った僕は反対の棟からその時を待っていた。 あまりにも華麗な食べっぷりは幻と紛う程のものだが、 間違いなく彼女はから揚げを、拳骨のようなそれをペロリと食べた。 僕はそれを目撃した途端に、あることを決意した。 決行は、放課後だ。 僕は彼女の下校時間を知っている。 彼女は忍者のように、チャイムと同時にさっさと帰っていく。 発つ鳥後を濁さず。 その言葉を体現したような、鮮やかな下校風景だ。 僕はその忍者を上回る隠密のようなスピードで、 校門にたどり着いた彼女の目の前に現れて言った。 僕の決意。それはあることを彼女に告げること。 「飯田星海さん。僕は君と付き合いたい」 彼女は冷静な顔を保ったままだったが、 (見ようによっては)少し驚いたように見えた。 そして言った。 「いいよ」 僕の望みが叶った瞬間だった。 それから奇妙な交際が始まった。 風が彼女の髪を揺らした。
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