後編 捕食

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彼女のあっさりとした承諾を受け、僕たちは付き合って二ヶ月を迎えた。 あれから、彼女のデータは僕の中に蓄積し続けている。 それは僕が彼女を知るために、あの手この手で彼女との機会を作った努力の賜物だった。 一緒の昼食。 放課後のデート。 週末の勉強会。 彼女の表情は感情に乏しい。 しかし僕はその目の中に、まだ誰も知らない彼女の情熱を感じ取っていた。 放課後、僕の家に彼女を呼んだ。 そして彼女を母に紹介するや否や、耳打ちをした。 「母さん、あれの用意をお願いします」 母は言った。 「御意」 僕たちは向かい合い、無言でそれぞれの時間を過ごした。 これが僕たち流の過ごし方だった。 僕は英語の日常会話のテキストを読んでいる。 彼女は音楽雑誌、ロック・オン・ジャポンに釘付け。 僕は母が来るのを待った。 昨日、仕込んでもらった「あれ」が、もうすぐ出来るはずだ。 彼女がピクッと、何かに気づいたようだ。 階段を登ってくる、香ばしい匂い。 彼女のまぶたが痙攣している。 これは彼女が非常に動揺していることを示す。 (初めてキスをした日に立証済みだ) しばらくして母が、階段を登ってくる音が聞こえた。 トントントンと軽快なリズムを刻むそれは、 僕の最大の謎を解き明かす決定打になるに違いない。 「おやつ、持ってきたわよ」 ノックとともに部屋に運ばれてきたもの。 それは。 Fried chicken. から揚げ。 眩くきつね色に輝くそれは、特製醤油ダレで漬け込んだ、 我が家の看板メニューだ。 母の料理で最も評価の高いこれを、彼女に食べさせたい。 そして彼女の「から揚げ捕食」の真相を知りたい。 「良かったら食べなよ」 そう涼しい顔で言いながら、僕は汗をかいていた。 僕はこうして合法的に、盗み見たりすることなく、 彼女のあの捕食シーンが見られると思うと心が踊った。 心臓がばくばくと音を立てる。 まぶたが痙攣したままの彼女が、爪楊枝を取った。 それをから揚げに刺して、口へと運ぶ。 食べる、食べるぞ。 僕が息を飲んだその時、 予想だにしない光景を目の当たりにしてしまう。 「おいしー」 そう言った彼女の手元には、かじられて欠けたから揚げがちょこんと残っていた。
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